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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)164号 判決 1963年10月24日

原告 昭和紡績株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告代理人は、「昭和三五年抗告審判第二、一八五号事件について特許庁が昭和三七年八月三一日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求の原因

原告代理人は、請求の原因として次のように述べた。

一、原告は、昭和三五年三年七日別紙記載のとおり「金梅」の文字を縦書にして成る商標につき旧商標につき旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条所定の商品類別第二六類糸を指定商品として登録を出願したところ昭和三五年商標登録願第七、〇七六号)、同年六月三〇日拒絶査定を受けたので、同年八月一三日抗告審判の請求をした(昭和三五年抗告審判第二、一八五号)。これに対し特許庁は、昭和三七年八月三一日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その審決書謄本は同年九月一六日原告に送達された。

二、審決は、別紙記載のように白線輪廓を有する、矩形黒地の内部上方に梅花様の二輪の花の図形を白抜きに現わして成る登録第五五、三六七号商標を引用し、これと本願商標とは「梅」印の称呼・観念を共通にする類似商標であり、指定商品も同一または類似であるから、本願商標は旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第九号に該当し、また、本願商標中の「金」の文字は、その指定商品中金糸につきその種の商品であることを表示するため取引上普通に使用されているものであるから、本願商標は、これを金糸以外の商品に附して使用するときは、それがあたかも金糸であるかの如く商品の誤認を生ぜしめるおそれがある点において同条項第一一号にも該当し、いずれにしても登録することができないものであるとしている。

三、しかしながら、右審決は、次に述べるように判断を誤つた違法があり、取り消されるべきである。

(一)1  引例とされた登録商標の図形は、前記のような輪廓内に梅花様の花を一部を重合して二つ並べて表現したものであるから、「梅の花」印または「双梅花印」の称呼・観念を生ずるとするのが通常の考え方である。けだし、梅の花のみを表わした図形は、「梅の花」と認識され「梅の花」「梅花」としての称呼・観念を生ずるのが普通であり、それは、梅の樹木を表わした図形および梅の実を表わした図形からは、それぞれ「梅の樹」・「梅の実」なる称呼・観念を生ずるのが通常であるのと同じである。

本願商標は、特に「金梅」として造語されたものであり、一体不可分に考察せらるべきものであつて、「きんうめ」・「きんばい」と称呼されるが、単に「うめ」と呼ばれることはない。また、これから「梅の花」の観念を生ずるものでないことも明らかである。

2  審決は、本願商標中「金」の文字は、その指定商品中金糸につきその種の商品であることを表示するため取引上普通に使用されているところであるから、本願商標のような態様において他の文字に冠してこれを使用しても、自他商品を識別する標識としての特別顕著性を有せず、したがつて、本願商標はこの種商品については、その全体の構成上要部と認むべき「梅」の文字から単に「梅」印の称呼・観念をも生ずるものであるとしている。しかし、本願商標中「金」の文字のみを分離して考察することが不当であることは前記のとおりであるばかりでなく、右の「金」は金糸の「金」とは何の関係もない。なお、拒絶査定の理由中には、「金」の文字は色彩を表わすばかりでなく、商品の等級の表示としても普通一般に使用されているものである旨説示している部分があるが、「金」の文字は必ずしも商品の等級表示であるとは考えられないのであつて、例えば旧商品願別第三〇類絹織物を指定商品として「金梅」(登録第三九九、三一四号)・「銀梅」(登録第三九九、三一八号)なる商標が、また同三一類木綿織物を指定商品として「金梅」(登録第三九九、三一五号)・「銀梅」(登録第三九九、三一九号)なる商標がそれぞそ登録されており、さらに同三一類木綿織物を指定商品として「牡丹」とは別個に「金牡丹」(登録第二八七、六一〇号)、「銀牡丹」(登録第二八七、六一一号)なる商標がそれぞれ登録されていることからみても、「金」・「銀」の文字が商品の等級表示として普通であると考えられたのではなく、それらと「梅」・「牡丹」の文字とを結合した商標が特に造語された特別顕著性ある商標と認められたものと解せられる。「金鳩」(登録第一一五、九二八号)と「銀鳩」(登録第一一五、九二九号)の事例についてもまた同様に考えるべきである。

3  以上のように、本願商標と引例の登録商標とは、その外観は勿論称呼・観念をも異にするものというべきであり、本願商標が登録されたとしても、商品の出所につき誤認混同を生ぜしめるおそれは少しもない。先例に徴してみても、(イ)旧第三一類木綿織物を指定商品として「梅の花」を表現した図形商標(登録第二四、八三三号)が存するにもかかわらず、指定商品を同じくする「金梅」なる文字商標(登録第八三、一三五号)が登録され、(ロ)同類木綿織物を指定商品とする「金椿」なる文字商標(登録第四一六、一四五号)が存するにもかかわらず、指定商品を同じくし「椿の花」を表現した図形商標(登録第四四九、八七七号)が登録されていること、また(ハ)旧第二六類絹糸を指定商品とし「一頭の馬」を表現した図形商標(登録第六〇、〇七一号)・「二頭の馬」を表現した図形商標(前者の連合商標、登録第六〇、六一五号)が登録された後、同第二六類「スフを原文とする紡績糸其他本類に属する商品」を指定商品とする「金馬」なる文字商標(登録第四二一、四六〇号)が登録され、(ニ)旧第三一類木綿織物一切を指定商品とし「牡丹」の図形を表現した図形商標(登録第六一、五六九号)が登録された後、指定商品を同じくする「金牡丹」なる文字商標(登録第二八七、六一〇号)が登録されているのであり、しかもこれらの図形商標とこれに対応する文字商標は別個の出願人の出願にかかるものである。本件審決は、これらの先例にも明らかに反するものであり、本願商標が引例の登録商標と類似するものとし旧商標法第二条第一項第九号を適用したものは失当といわねばならない。

(二)  また、本願商標中の「金」の字が金糸の「金」と何の何の関係もないことは前記のとおりであるから、審決が本願商標を金糸以外の商品に附した場合に商品の誤認混同を生ずるおそれがあるとして同条項第一一号を適用したことも失当というべきである。

第三、答弁

被告代理人は、請求棄却の判決を求め、原告主張の請求原因につき次のように答えた。

一、請求原因中一、二の事実は認める。

二、同三の原告の見解はこれを争う。

(一)1  世間一般にいう「梅」なる語は、梅の「花」・「樹木」・「果実」等を総称する語として使用せられるのが通例であり、そのことは、「梅が咲いた。」・「梅を植え代えた。」・「梅は酸つぱい。」などと表現する事例からみてもわかることである。「梅の花」の図形を「梅の花」と指称するほか、それを略して「梅印」と指称し、その意味における「梅」なる観念をも生ずるものであることは、古くから用いられている家紋において、また取引上用いられているのれん記号において動かし得ない一般的な見方であり、取引上の経験則に徴しても明らかなところである。そしてまた引用登録商標の「梅の花」の図形は、二輪の梅の花から成るものであるが、左右対照的な或は紋様的な表現にともない特に双竜・双葉・三菱・三ウロコ等個数をいうならわしのある場合と異なり、漫然と二輪の梅の花を散らしただけの表現方法をとつている右商標の図形を特に「双梅花」などと称呼・観念することは類例稀で不自然なことといわなねばならない。してみれば、引用登録商標の図形から取引上自然に生ずる称呼・観念は「梅」印であるとみるのが相当である。

2  本願商標は「金梅」なる文字商標であるが、「金」とか「銀」とかの文字は、貨幣制度の沿革と関連して、古くから取引上商品の等級表示として用いられ、「金」の文字が高級商品であることを誇示するため普通一般に使用されるようになつていることは、取引の実際に徴し争うべからざる事実である。そこで、このように商品の等級表示にすぎないものとして取引者・需要者間において見ならわされ、そのように信じられている「金」の文字と然らざる文字とから成る商標がある場合、商品の出所を識別する標識としての価値という点からみて、「金」以外の文字の部分が重要な部分(要部)として、「金」の文字が然らざる部分(顕著性に乏しい部分)として、おのずから軽重の差を生ずるのは当然である。本願商標についてみても、右のような性格をもつ「金」の文字よりも、より一層看者の注意を惹き易く、親しみ易い「梅」の文字に着目し、これより生ずる称呼・観念において記憶され、他の業者の商品と区別され、信用の形成が行なわれるものであることは、商標による商品取引の常道である。原告主張のように「金」・「梅」の文字が商標の構成部分として同程度の重要性をもつものとみるのは取引上の通念に反するものである。

また、金糸・銀糸その他この種商品(糸)の取引において、商品の包装または商標の一部に、線もしくは地色をもつて、或はまた金・銀・赤・青等の文字をもつて、内容物である糸の色彩・用途を表示することは通常取引における慣例であつて、個々の取引においてその都度糸の色彩を確かめることなしに、包装ないし商標を一見しただけで直ちに取引のできるような便法をとるのがこの種商品についての取引上の常套手段である。以上のような取引上の経験則に照らしてみるとき、本願商標において他の業者の商品との区別の標識となるものは、「梅」の文字から自然に生ずる称呼(うめ)であり、または「梅の花」を含めた意味での「梅」なる観念であるといわねばならない。

原告が三の(一)の2において例示している「金梅」と「銀梅」・「金牡丹」と「銀牡丹」・「金鳩」と「銀鳩」なる登録商標が原告主張のように同一商品を指定商品として併存することは認めるけれども、これらの相対応する各商標は連合商標として登録されたものであつて、それぞれ要部である「梅」・「牡丹」・「鳩」なる文字から自然に生ずる称呼・観念において共通するものがあるため連合の商標して登録されたものにほかならないのであるから、前記のような登録商標が併存することは、原告主張の裏づけとなるものではない。

3  以上のように、本願商標と引用登録商標とは、いずれも「梅」印の称呼・観念を生ずるものとみるのが取引上の通念に照らして相当であり、その指定商品も共通するものがあるから、これらの商標を同一指定商品に附して使用した場合には、必然的に商品の出所につき混同誤認を生ずるであろうことが明らかであり、したがつて、本願商標は引用登録商標と類似するものといわねばならない。原告は、審決と反対の先例として、その主張の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の事例を挙げているが、いずれも本件審決の判断を不当となすべき根拠とするに足りないものである。まず、(イ)の事例は、きわめて古い事例であつて後の登録が許容された事情は明らかでないが、ただ取引上の特別の事情が存在したであろうことが推察される。(ロ)の事例は、後に出願された図形商標が花の形態からみて「椿」ではなく、「さざんか」を表現しているものと認めて「金椿」の文字商標と非類似とされたものと解せられる。(ハ)の事例は、図形商標を単なる「馬」でなく「馳馬」(登録第六〇、〇七一号は一頭、登録第六〇、六一五号は二頭)の図形と認めたもの、(ニ)の事例は図形商標を「牡丹」でなく「ばら」と認めたもので、そのため「金馬」・「金牡丹」の文字商標との間にそれぞれ類似の関係がないとしたものと解せられる。仮りに原告の挙げている事例がいずれも互いに類似の関係にあるとみるのを相当とし、非類似として後の登録を許容したものが不当であつたとしても、そのような僅かに存在するにすぎないところの好ましくない登録例の前轍を踏まねばならないという理由は少しもないのであつて、審決が本願商標を旧商標法第二条第一項第九号に該当するものと判断したことになんらの違法もない。

(二)  金糸・銀糸等の糸の取引において、商標の一部に使用された「金」・「銀」等の文字は当該商品が金糸であり或は銀糸であることを表示するものとされているのが、取引上の慣例であるから、原告の三の(二)の主張もまた理由がない。

第四、証拠関係<省略>

理由

一、原告主張の一・二の事実については当事者間に争いがない。

二、右の争いのない事実と成立に争いのない甲第一、第六号証によれば、原告の登録出願にかかる商標は、別紙記載のように「金梅」の文字を楷書体で縦書きにして成るものであり、審決引用の登録第五五、三六七号商標は、別紙記載のように、細い白線輪廓を有する矩形黒地の内部上方に二輪の梅の花を一部を重ねて白抜きに表わして成るものであることが認められる。

三、そこで右両商標の類否について検討する。

(一)  まず、両者が外観において相違することは明らかで、被告もこの点は問題にしていない。

(二)  次に称呼および観念について考察するに、引用登録商標が、その図形から「梅の花」印という称呼を生じ「梅の花」を表現したものと観念する者も少なくないと考えられると同時に、元来「梅」なる語が場合によつて梅の花を指し或は梅の樹木を指し或は梅の果実を指すものとして使用され、またこれらを総合した意味においても用いられることは吾人の日常経験するところであるから、梅の花の図形を表現した引用登録商標が単に「梅印」と呼ばれ、「梅」を表わしたマークとして観念され記憶されることもまた少なくないと考えられる。なお、右商標の図形は二輪の梅の花を表現したものであるが、右二輪の花の表現の仕方からみて、特にこれを「双梅花」印などと呼び、花の個数を重視して記憶するというようなことはむしろ不自然であり通常はあまり考えられないところであることは被告主張のとおりである。それゆえ、引用登録商標より「梅」印なる称呼を生じ、それが「梅」を表現したものとして観念されるのも極めて自然なことといわねばならない。

(三)  一方、本願商標が「金梅」の文字よりして「きんばい」または「きんうめ」と呼称され、また「金」と「梅」の両文字を結びつけたマークとして記憶されることが少なくないことはもとより当然である。また「金梅」が黄梅(もくせい科の植物)の異名として用いられることもあるようであるから、そのような意味をもつものとして記憶する者がないともいえない。しかしながら「金梅」という語がそれ自体独特の意味を有する語として世人に親しみのあるものでないことは明らかであり、また「金」なる文字が或る物の色彩が黄金色ないし黄色であることまたは材料に金を用いていることなどを表わすものとして他の文字に冠して接頭語的・修飾語的に使用されることが多いことは日常の常識であること、「梅」「うめ」なる文字ないし語が世人にきわめて親しみの深いものであること、本願商標の指定商品である糸についての取引者・需要者が「金」と「梅」との結合自体に特殊の意味をもたせてこれを重視するといつたような事情の存することを認めるに足るなんらの資料もないことを総合すれば、取引者ないし需要者が右商標のうち「金」の文字を軽くみて単に「うめ」印として呼称したり、また或る種の「梅」を表示するものとして記憶することも、必ずしも不自然とはいえないと考えられる。被告は、(1)「金」の文字が商品の等級表示として一般に使用され、また、(2)特に金糸・銀糸等の場合にその商品の実体を表示するため使用されるのが取引上の慣行である旨主張するが、(1)については、それが広範囲の商品についていうものとすればいささか誇張にすぎるきらいがあり、また、(2)のような取引上の慣行の存することを認めるに足る資料はない。けれども、前記の理由により、本願商標から単に「梅」(うめ)なる称呼・観念も自然に生ずるものとする点においては、被告の主張はこれを正当と認めなければならない。

(四)  してみれば、両商標はその称呼と観念とを共通にするものとして取り扱われる場合が少なくないものと考えられ、しかもその指定商品も共通するものがあるから、かかる商品について両商標を使用するときは取引上混同を生ずるおそれのあることもまたみやすいところであり、したがつて本願商標は引用登録商標と類似するものとして、旧商標法第二条第一項第九号に該当する一点のみによつてもその登録を拒絶すべきものといわねばならない。

原告は、審決の判断を不当として数個の登録例を挙げているが、商標の類否は登録の許否を決する当時における各指定商品に関する取引の実情に即して判断せられるべきものであるから、過去における登録例は必ずしもそのまま現在における判断の基準となり得ないばかりでなく、過去の登録例にも誤りなきを保し難いのであるから、原告主張のような登録例の存することのために本願商標の登録拒否の判断が左右されるべきものではない。

四、以上説明のとおりで、本願商標が旧商標法第二条第一項第一一号に該当するか否かの判断に立ち入るまでもなく、同商標の登録を拒絶すべきものとした本件審決の判断は相当であり、なんら違法のないものであるから、その取消を求める原告の本訴請求は理由のないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)

(別紙)

本願商標<省略>

引用登録商標<省略>

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